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つれづれscene58:もう20年!
2008-02-14 Thu 22:10
 今朝8時前に伊丹を発って1時間、その飛行機は宮崎空港に降り立ちました。途中、眼下に真白な雪を冠した急峻な四国山地の山々、遥か南に霞む室戸岬を望んだかと思えば、あっというまに真下に広がる海は黒潮洗う日向灘に変わっていました。南国・宮崎です。

 到着ロビーには、プロ野球キャンプ地のメッカに相応しい装飾が施されています。ユニフォームや写真パネル、各種グッズなどの展示は、野球好きの心を高揚させるのに充分な演出です。

s-2月14日①


 快晴。吹く風は少々冷たいものの、柔らかな陽射しはまさに南国のそれ!悪天候に悩まされ続けた先週の宮古島とは大違いです。

 空港からタクシーを走らせること20分。生目の杜運動公園に到着です。そうです、福岡ソフトバンクホークスのスプリングキャンプの舞台、”アイビースタジアム”です。僕が球場に着いた午前9時半、ホークスの練習が始まりました。入念なウォームアップからのスタートでした。

s-2月14日②


 「あっ!王監督だ」ON全盛時代(王、長嶋がジャイアンツの中軸を占めた1960年代半ばから1979年代半ばまでの期間で、ふたりの働きでジャイアンツはV9という不動の金字塔を打ち立てた頃)に幼少時代を過ごした僕にとって王貞治さんは永遠のスターです。お元気そうで何よりです。

s-2月14日③


 球場入り口のエンブレムで気付きました。今年2008年はソフトバンク球団の前身、南海がスタートして70年、さらにホークスが大阪から九州に本拠地を移して20年目の節目だそうです。選手達のユニフォーム右袖にはこのエンブレムが縫い込まれています。僕が子供の頃のホークスは南海で、広瀬、野村、ブレーザーらが緑を基調にしたユニフォームを身につけて、我が阪急ブレーブスと戦っていたのです。

 僕とホークスの縁は少なからずあって、僕の実況アナウンサーとしてのデビュー戦は南海対阪急の試合でした。ラジオの中継で、解説はたしか、穴吹義雄さんだったかなぁ。以降、ホークスの試合は数多く担当させていただきました。あの頃のホークスは決して強くなかったけれど、そのホークスが福岡に本拠地を移すと決まったときはショックでした。大阪球場最後の試合は勿論現場に立会いました。杉浦忠監督(当時、故人)の南海の将としてのファンへの最後のメッセージ「行ってきます!」は今でも忘れられません。あの年、1988年は同時に阪急も無くなった年でした。

 あれから20年ですか。ホークスはすっかり九州の地にその根を下ろし、今や、球界を代表するチームなんですものね。不思議なものです。オーナーカンパニーと本拠地は変わっても、ホークスの近くで仕事をしている自分がいるのですから・・・。そういえば、ここ2年、僕はホークスの開幕戦とホーム最終戦という節目のゲームの実況を担当させていただいています。やはり、縁なのかなぁ。

 そんな、想いに耽っているうち、練習時間はあっという間に過ぎていったのでした。今年も、強いかも、ホークス。

 「どげんか、せんといかん」という危機感から立ち上がった宮崎。プロ野球キャンプで賑わうこの2月。街は活気に溢れています。

 明日は、南郷町のライオンズキャンプまで足を伸ばそうかと思います。
 明日も宮崎からの徒然歳時記です!

 

 

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