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つれづれscene38:高野山に降る雪
2008-01-24 Thu 23:52
 プロ野球のキャンプインも間近に迫って、いよいよ野球の話題で各メディアが賑やかになってきました。「球春、遠からじ」って感じです。でも今日の東京(仕事で東京にいたのです!)は寒かった・・・。
 
 いよいよ、明日1月25日、第80回選抜高校野球の出場36校が発表されますね。「春は選抜から!」という昔ながらのキャッチコピー通り、”センバツ”の文字が紙面に踊ると、野球シーズンの到来、つまりは春という季節を感じ始めるものです。明日はどの学校に朗報が届くのでしょうか?選手達や関係者の方々には今日の夜は長く感じられることでしょう。

 さて、今日はセンバツに纏わる、とてもせつなくやりきれない思い出話でも・・・。

 1990年1月31日、この日の近畿地方は凍りつくような寒さだったことを覚えています。62回目を迎えるセンバツ高校野球出場の32校が決まるその日、入社5年目のアナウンサーであった僕は数人のスタッフとともに、近畿代表の1校に選ばれるであろう高校に取材に出かけました。車で2時間くらい走ると、そこは一面の雪。霊場・高野山の麓です。雪は止む気配も無く、ゆっくりと高野山の頂き近くにあるその学校を目指しました。和歌山県の高野山高校です。徐行に徐行を重ねての雪中行軍でした。


 午後、高野山高校の校長室で僕達取材陣は、朗報を届けるはずの電話のベルを固唾を飲んで待っていました。選考委員会からの連絡待ちです。校長先生と野球部の鈴木道雄監督の喜びの瞬間を捉えようとカメラは狙っていましたし、僕はというと当然、監督にインタビューするつもりで待機していました。同じ時間、野球部の生徒達は、”甲子園行き”を信じながら、体育館で練習に励んでいたのです。心ここにあらずって心境だったでしょう。みんなが「その時」を待っていたのです。


 予定の時刻を過ぎても、電話は鳴りません。それまでの笑い声の混じる和やかな雰囲気は消え、校長室はなんともいえない微妙な空気に包まれてゆきました。結局、電話は鳴りませんでした。朗報届かず、雪の高野山に春の知らせは運ばれてきませんでした。「皆様、ご足労をおかけしました。申し訳ありません!」と報道陣に深々と頭を下げた校長先生と監督の言葉と表情は今でも忘れられません。

 そして、もっと辛かったのは選抜出場が叶わなかったという事実を知らされた野球部員たちを見た時です。ただうつむいて、声もあげずに涙する生徒達。喜びの声、表情を取材するためにやって来たのに・・・。帰り道、雪はさらに深くなって、気持ちも沈んで、ホント切なかった・・・。


 選抜高校野球はその名の通り、大会主催新聞社と高校野球連盟とが選考委員会を開き、前年秋の各地区大会の成績や地域性、学校の品格等も考慮されて、出場校を選び抜くもので、夏の選手権大会のように地区予選優勝チーム=甲子園という明確な基準が無いのも事実です。したがって、度々、出場校の是非を巡って物議を醸すこともあるようです。

 
 事実、あの年の高野山高校は、前年の秋季近畿大会の成績や地域性を考えれば、選抜大会に出場していてもおかしくありませんでした。その年、近畿からは、近大附属、北陽、川西緑台、神戸弘陵、天理、智弁、北嵯峨の7校が選ばれたのですが、大阪、兵庫、奈良から2校が選ばれたために、和歌山、滋賀からの出場は無かったのです。地域性無視の選考と指摘されても仕方ありません。

 
 明日の選考発表では、あの時のような「何故?」という悲劇が起こらないことを、願って止みません。


 今頃、高野山は雪なのでしょうか・・・。あの時の、18年前の高野山の雪を、今年も思い出しています。
 きっと、積もってるんだろうな・・・。





 




 
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