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つれづれscene341:ブルートレイン
2009-03-22 Sun 22:20
  先日、東京発着最後のブルートレインが姿を消しました。NHKニュースでも取り上げられ、多くの鉄道ファンがホームで別れを惜しみつつ、その最後の雄姿を見送る映像が流れていました。

  ブルートレイン。なんとも美しい響きです。長距離路線を結ぶ寝台列車の愛称です。鉄道好きの濃度からすると、僕のそれは極めて薄いのかも知れませんが、それでも昔から、ブルートレインには、なんとも言えない憧れを持っていたものです。

  結局、ブルートレインには一度も乗らずじまいでした。先日、書店で買った雑誌です。

s-2009.3.22①

  読みふけってしまいました。知らないことがいっぱいありました。鉄道マニアの奥深さと、自分の浅薄な知識のギャップを少しばかり楽しみながら・・・。

  そもそも、僕が初めてブルートレインの存在を知ったのは、小学校6年生の終わりごろでした。中学受験という、少しばかりヘビーな空気の中、書店で見つけた一冊の雑誌。その表紙は上の雑誌のそれと酷似していました。

 「鉄道ジャーナル」という雑誌です。今も発行されているはずです。その表紙には、寝台特急「せと」を牽引するEF65機関車の正面からの写真が掲載されていました。ブルーの電気機関車の鼻先に付けられた「せと」のヘッドマークの美しさに感動したものです。瀬戸の海にうかぶ島々がデザインされたヘッドマークは、受験勉強に辟易としていた12歳の少年の心を捉えて離しませんでした。

 以来、折を見て、早朝の大阪駅に、上り寝台特急であるブルートレインを見にいったものです。当時の関西発着の寝台特急といえば、「あかつき」、「彗星」、「日本海」など。東京発着の寝台特急とは違って、主に旧型の電気機関車EF58が青い寝台車を引っ張っていて、東京発着のブルートレインとはひと味違った味を醸し出していました。なかなか、深い話でしょ・・・。

 父親の一眼レフカメラを借りて撮った写真を、自慢げに見せると、「ブルートレインね。しょっちゅう乗ってるよ」と父親。仕事柄、出張が多かった彼の移動手段のひとつに、この「ブルートレイン」があったのだそうです。その時、少し、父に尊敬の念を抱いたものでした。少年は単純です。

 あれから、35年。結局、一度も乗ることがなかったブルートレイン。移動はいつも新幹線や飛行機。皆がそうだから、姿を消すのでしょうが・・・。昔、憧れたあの青い寝台列車が移動の手段としての使命を全うしました。乗っておくべきでした。ノスタルジーとリグレット。今、ブルートレインに向けられる僕の想いです。


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この記事のコメント
寝台列車
とうとう東京駅発着のブルートレインがなくなってしまい、とても残念です。あとは上野⇔札幌の「北斗星」・上野⇔青森の「あけぼの」・上野⇔金沢の「北陸」・大阪⇔青森の「日本海」・青森⇔札幌の急行はまなす・大阪⇔札幌の臨時トワイライトエクスプレスだけですね…。

僕は「北陸」とかつて京都⇔長崎を結んでいた「あかつき」に乗ったことがあります。また、夜行列車としては、東京⇔大垣のムーンライトながら・新宿⇔新潟のムーンライトえちご・東京⇔出雲市のサンライズ出雲・上野⇔金沢の急行能登に乗ったことがあります。

ムーンライトは先日の改正で臨時列車化されました。また、「はまなす」は北海道新幹線開通までには廃止との声もあります。 能登はボンネット型の489系を使用していますが、いずれは同区間を走る北陸と統合されるかもしれません。大阪⇔新潟の急行きたぐにもいつまで続くか…。

「瀬戸」は現在ではサンライズ出雲と併結でサンライズ瀬戸として運行されています。ブルトレではなくなってしまいましたが、新しい電車を使っていてそれもまた良い雰囲気です。
ブルトレ独特の郷愁の感覚を残すために、何本かは残してほしいのですが…。口ではそういっても、実際利用することで貢献するのが難しいのは複雑です。
2009-03-23 Mon 12:57 | URL | 東京のBsマニア #-[ 内容変更]
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