FC2ブログ
The link at the date of the calendar is an entry.
つれづれscene152:三笠の山に出でし月かも
2008-06-16 Mon 23:59
 ”雨季の6月を水無月と呼ぶは、これ如何に?”。陰暦(旧暦)の6月は水無月。ただし、太陽暦とはタイムラグがあって、梅雨時期は陰暦では皐月。したがって、水無月は梅雨からひとつ進んだ季節を指すわけで、梅雨時期の異名ではありませんね。

  水無月(みなづき)の「無=な」は「の」にあたる連体助詞で、「水の月」という意味で、陰暦の6月は田に水を引く月と言う意味で水無月と呼ばれるようになったとか・・・。

  明治以前は、月の満ち欠けで暦は巡っていました。太陰暦ですよね。月が暦、つまりは時間を刻み、季節を進めていたわけです。人々は月を見上げ、その形の変化に時を感じていたのです。だから、我々日本人は古くから、月を愛で、さらにはその月に様々な思いを馳せていました。

  今、僕の部屋からは、月齢12.3の望月まであと3日の月が見えます。真南から少し西に落ちた月は湿り気を含んだ大気の中で、やや赤みを帯びながら下界を照らしています。

  今、皆さんがご覧になっている月と同じ月です。かつて、遣唐使として異国に渡った阿倍仲麻呂が月を見て詠んだ望郷の歌はあまりにも有名です。

  天の原 ふりさけみれば春日なる 三笠の山に 出でし月かも

  学徳兼備博識宏才の仲麻呂は、在唐中に科挙に合格し、高級官僚として玄宗皇帝から寵遇されたそうですが、帰国の際に難破し、結局は72歳の生涯を大陸でまっとうしました。遣唐使として唐に渡ったのが19歳の時。生涯の大半を異国で送った仲麻呂は幾度となく、あるいは毎夜、月を見上げて、故郷の大和に思いを馳せていたのかもしれません。それを考えると、壮絶なる望郷の念がこもった歌であることがわかりますね。

  海を照らす望月。その明るさに、驚いたことがあります。随分昔のことですが・・・。紀淡海峡を照らす十五夜の月です。海が鏡のようでした。仲麻呂が見た東シナ海を照らす月も、きっと大海を黄金色に染めていたに違いありません。

  太陽ではなく月に心が動かされるんですね。僕ら日本人は・・・。

  水無月から、今見上げている月に話がとんでしまったようです。今夜の月はあと2時間もすれば、六甲の山の端に沈んでゆくでしょう。


  
スポンサーサイト



別窓 | 日常 | コメント:1 | トラックバック:0
<<つれづれscene153:あ~あ、28位・・・。 | 大前一樹の徒然歳時記~つれづれダイアリー~ | つれづれscene151:言霊>>
この記事のコメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2008-06-17 Tue 10:20 | | #[ 内容変更]
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 大前一樹の徒然歳時記~つれづれダイアリー~ |