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つれづれscene506:宮古の海は青い!
2011-02-19 Sat 00:46
 オリックスの一軍が宮古島キャンプを打ち上げました。沖縄本島での練習試合をこなしてから、キャンプ地を高知へと移します。長いようで、あっという間の宮古島です。

 僕が、宮古滞在中に泊まったホテルは、オリックスのファームの宿舎です。宮古島最大の港・平良港からほど近い海辺にそのホテルは立地しています。一軍が利用する、島南部の上野村の宿舎よりも宮古島市民球場の近くにあり、とても便利かつ快適なホテルでした。

 そのホテルのすぐ脇には、ご覧のような浜辺が・・・。

s-2011.2.11①

 白砂青松の松はないにしても、白い砂とエメラルドブルーの海は、まさに南国そのものです。日頃目にする大阪湾の海とは大違いです。

 2月と言っても7時前まで日照が残る浜辺。砂の上に腰を下ろして、缶ビール片手に一日の疲れを癒す地元の人の姿も見られます。

 日常の喧騒から逃れるには最適のサザンアイランドが、この宮古島といってもいいでしょう。

 まぁ、キャンプ中のオリックスの練習もある意味、非日常だったかも・・・。

 次は、沖縄と並ぶプロ野球のキャンプ銀座、宮崎からお届けします。

 東シナ海から日向灘へ・・・。火山灰が心配です。

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つれづれscene505:宮古スタイル
2011-02-09 Wed 23:15
 随分、間が空いてしまいました。

 2月2日。那覇から宮古に入ると、いきなり宮古島の洗礼を受ける事に・・。

 待ってくれているはずのレンタカーの担当者が空港にいない。「さすが宮古」って感じで・・・。過去、すんなりとレンタカーを借りられた例は、僕の場合に限っていえば、ほとんどないから、そうは驚きません。

 レンタカー屋さんに電話をいれて、待つこと10分。その間に目にしたもの。

s-2011.2.6①

 空港内のディスプレイです。「世界のイチローは宮古島から誕生しました」というフレーズがウソくさい。ウソではないにしろ、正確ではないですよね。「さすが宮古島」って感じです。そんなゆる~い感じが、南国のムードを高めてくれます。結構すきです、このルーズな感じが・・・。

 空港から北へ車で10分。宮古島市民球場に到着します。世界のイチローが誕生したという伝説の球場です。

 正面入り口を入ると、こんな貼り紙が・・・。

s-2011.2.6②

 優秀なるオリックス広報担当が毎日貼りだしてくれるインフォメーションです。この季節に、曇っていても20℃オーバーなのですから、さすがに宮古島です。晴れれば、一気に気温は25℃くらいまで上昇します。雨が降って風が吹けば、本土の初冬と変わらぬ寒さになるのですから、この時期の宮古での服装が難しいんです。

 ちなみに観衆300人は、ホント大雑把な数です。宮古基準ですから・・・。イ・スンヨプ選手が数えたところ、スタンドにいた人数は76人だったとか・・・。意外に、細かいんです。アジアの大砲は・・・。

 というわけで、オリックスの宮古キャンプは第3クールに入ってゆきます。

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つれづれscene504:キャンプイン
2011-02-02 Wed 00:12
 プロ野球のキャンプが一斉にスタートです。

 キャンプイン前日、僕は宮崎にいました。

 沖縄と並んで宮崎はプロ野球のキャンプ銀座ともよばれるくらい、この時期は賑わいます。

 宮崎入りするホークスの取材だったのですが、福岡の各放送局がキャンプイン前日の選手の声を分担してインタビューしようというもので、我らJ・SPORTS班は、川選手会長へのインタビューでした。

 三木Pは「がんばれ日本プロ野球」のキャンプ巡りで宮古島に入ったため、担当は加藤P。「大前さん。新燃岳の噴火で飛行機がとばへんかも・・・」との加藤Pの脅しに負けて、31日は朝11時過ぎに宮崎に降り立ちました。火山の噴火や火山灰の影響で、福岡か鹿児島に着陸するか、引き返すという条件付のフライトだったのですが、何事もなく宮崎に入れました。

 そこからホークスの到着まで7時間半。ホークスとて、福岡からの便が着陸できるかどうか不確定だったため、加藤Pと僕は宮崎空港3Fのレストランで時間を潰す事に・・・。7時間以上も粘られたレストラン側もきっと迷惑だったでしょうに・・・。イタリアンスパにコーヒー、ケーキセットで居座った7時間半でした。

 で、無事ホークスナインが到着。到着口からバス乗り場までの通路で、選手を見つけてはインタビューするというスタイルで・・・。ムネリンへのインタビューは2分半。いやぁ、7時間半待っての2分半ですから・・・。僕らの仕事ってこんなものなんですね。

 そして、仕事が終われば、「宮崎で美味しいものを!」というのが定番でしょうが、加藤Pも僕も翌朝10時には大阪に戻らねばならない事情から、飛ぶかどうかわからない(実際JALは朝の第一便は欠航)飛行機をあてにはできない事情から、宮崎から福岡までレンタカーで向かいました。高速道路は新燃岳のすぐふもとを走るため、そのエリアになったとたん、道路に積もった灰を車が巻き上げて真白になるのですから・・・。

 で、大阪での仕事を終えて、今、那覇で書いています。僕が泊まる那覇市内のホテルはその昔、オリックスが糸満キャンプをしていた頃に使っていたホテルで、田口選手やイチロー選手らも泊まっていたホテルなんですよ。

 そして、明日はいよいよ宮古島。要は、那覇は泊まるだけの経由地に過ぎません。「宮古は寒いよ」と三木Pからのメールも届きました。

 さあ、岡田オリックス2年目のキャンプが楽しみです。一気に新しい選手も増えましたからね・・・。
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つれづれscene501:スポーツ大陸
2011-01-20 Thu 00:29
 先日、NHKで放送された「スポーツ大陸」。ご覧になりましたか?

1995年、阪神淡路大震災の苦難からリーグ優勝を勝ちとったオリックス・ブルーウェーブの特集でした。
懐かしいといえば、語弊があるかもしれませんが、もう16年という時間が経ったのですね・・・。

あのような状況下でよくもあれだけのファンが集まって下さったものだと、今更乍らに感心してしまいます。

様々なことを思い返しながらの「スポーツ大陸」でした。

番組中、相手との相性を考えながら、確率を重視する仰木彬監督の采配に触れ、4番・藤井康雄に代打を送るシーンがありました。非情の決断です。同点で迎えた勝ち越しのチャンス。相手投手は近鉄の清川栄治。左のサイド スローと相性の悪い藤井に代打を送るか否かで、仰木監督は一瞬の逡巡を見せた後、新井宏昌打撃コーチを呼び 意見を求めるという場面です。

その時の仰木監督と新井コーチの会話がいかなるものであったか・・・。番組ではそこまでは紹介せずに、藤井に代わった三輪隆が勝ち越しの犠牲フライを放ち、仰木マジックの真髄を伝えていました。

あの時、仰木監督と新井コーチがどんな言葉を交わしたか・・・。そこに興味を覚えた僕は訊きました。新井さんに・・・。

「僕もあの番組は観ましたよ。康雄に代打を送ったシーンですよね。今でもはっきり覚えています。あの場面で監督が私に意見を求めてこられました。その時点で、仰木さんとしては、代打を送りたいと思っていらしたんです。だから私は、『代打なら三輪がいいと思います。清川の球筋と三輪のスイングのスピードと軌道なら外野フライを打てる可能性は高いでしょう』と言いました。それで、三輪が期待に応えてくれたわけですからね。康雄は悔しかったでしょうが、何よりチームが勝てたことで、全てはうまくいったんですよ」

新井さんの言葉、なかなか深いですね。

新井さんには2軍監督としての2011年シーズンの抱負をインタビューさせていただきました。その記事はオリックスのイヤーブックである「パーフェクトガイド2011」に掲載されますので、是非チェックしてくださいね。

この時期になると、必ずあの頃が思い出されます・・・。
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つれづれscene500:scene500です!
2011-01-11 Tue 22:46
 暮れから新年にかけての、半期に一度の超ご多忙モードが終わり、ようやく一息です。ご無沙汰しています。

 当然ながら初詣にも行けなかった僕ですが、そこは極超零細企業の主として「商売繁盛」という切実な願いを“えべっさん”に託してきました。西宮戎神社です。ここ数年は、十日戎が僕の初詣になっています。

 今日は極寒のスカイマークスタジアムに行ってきました。オリックスの新人の(報道陣への)公開自主トレでした。皆、頑張って欲しいものですね。

 こちらは、スカイマークスタジアム(もうすぐ名前変わる?)の関係者エントランスに掲げられた、新ロゴエンブレムです!そう、神戸イチの世界の看板屋の力作です。さすが、仕事が速い!

s-2011.1.11①

 写真では分かり辛いのですが、ゴールドの縁取りがゴージャスです。ここ数年ずっと、「ユニフォームにゴールドを使いたいんですよ」と言い続けてきたオリックス球団・後藤クンの想いがようやく実現したのです。お疲れ様でした。毎年のように画策されていたユニフォームのリニューアルでしたが、ついにやりましたね・・・。

 オリックスとしては1989年の球団スタート以来、初のフルモデルチェンジですから相当なエネルギーが必要だったはずです。実際、僕自身も過去に幾度も、ユニフォーム変更の企画を立て、球団上層部に具申した経験がありましたから・・・。今回の新ブランド立ち上げは大きなプロジェクトでしたね。

 人の好みは千差万別、多種多様です。そんな中で、しっかりとしたコンセプトの上に、ある意味万人受けする最大公約数的なものを作り上げていかなければなりません。長いスパンで考えるのですから、流行よりも定番ものであることが求められます。奇をてらったユニフォームが長続きしないと言う事実や、スポーツとは縁遠い有名デザイナーによる作品がこの世界では全く通用しない事は過去の歴史が教えてくれています。

 僕は、いちファンとして、カッコいいユニフォームだと思います。(個人の感想です・・・)

 さて、新ブランドの構築によって新たな歴史を刻もうとするオリックスですが、もちろん、過去の伝統へのリスペクトも忘れていません。今季は、やりますよ。いろんなことを・・・。きっと、ファンの皆様にも同調していただけるはずです。お楽しみに!(個人の予想です・・・)

 というわけで、少しずつ野球モードにシフトです。

 そうそう、つれづれ歳時記もscene500です。

 

 
 

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